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自動車、オートバイ、エンジンの、ちょっと前のハナシが詰め込まれているまとめのようなブログ

国際スポーツカーと招待選手

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国際スポーツカーと招待選手

 国際スポーツカーは3クラスに分けられたが、混走。全部招待選手と彼らが持ち込んだ外国車。混走だが、「国内」が2日に分けて行われたので、同じメンバーで2回レースした。スタートは、これのみルマン式スタート。

日本「グランプリ」の格式を上げ、かつ本場のレースの走りを見てもらいたいという鈴鹿サーキット側の意向だろう。招待費はホンダが全額負担し、ホンダのF1グランプリ責任者、中村良夫さんが、フランスの自動車/レースジャーナリストのベテラン、ジャンビー・クロンバックに依頼して集めてもらった。

日本の観客がヨーロッパのレースについて詳しい訳がない。レーシングカーも見たことが無いんだから。だから、国際レースのトップドライバーの必要はない。レーサーやチームも、全額費用負担とはいえ、ヨーロッパから見たら極東の島国(しかも、異文化の地)にわざわざ危険なレースしに行きたい訳がない。だから、国際レースのワークスチームじゃない金持ちプライベーターや、国内レースレベルのエントラント、新人や極東にいる西洋人なんかに声掛けたみたい。年寄りも来てるな。

一番熱心だったのはポルシェ。実際、日本にはポルシェを買う、式場のようなお客はいたしで、レース部門の重役で監督、若い頃は当然レースに出ていたフシュケ・フォン・ハンシュタインが、仏の356ではない、DOHCで2リットルのカレラ2(高い!)で出場。走る重役、58歳。

ロータスの社長、コーリン・チャプマンは、ホンダF1起草時から本田宗一郎、中村良夫と知り合いだった。初めはロータスの車体にホンダエンジンを積む予定だったらしい。それでも顔を立てて、チームのセールス・マネージャーをしながら国内FJレースに出ている24歳のピーター・ウォーを行かせた。マシンのロータス23はワークスではなく、ピーターが中古で買ったもの。

同じくロータス23を持ってきたマイケル・ナイトはウィンフィールド・レーシングスクールの息子で、FJ挑戦中の新人(これも多分、国際ではなく英国内)。当時19歳。

国内スポーツカーのBⅢで賞外で持ち込みのジャガーEタイプを真っ先にフィニッシュさせたアーサー・オーウェンもこのクラスで同じく赤く塗られたロータス23で戦う。彼はレースもしてるだろうが、英国の国内ヒルクライムCクラスチャンピオンの会社重役45歳だそうな。そりゃ、スポーツカーとレーシングカーの2台を持てるよな。(他にもあるだろうなぁ)

なんとフェラーリを持ってきたのはフランス人のピエール・デュメイだ。一応、国際レースには出ているがワークスではない。雇われチームでもなく、個人で買ってレースエントリーのお金持ちだろう。ツール・ド・フランスレースのGTクラスの上位レベル。誤字の多い資料本では奥方が美人で熱々だそうな。当時の日本人は白人女性コンプレックス高かったろうなぁ。また、フェラーリというのも、日本人は海外レースは知らないし、市販車は庶民にはなじみが無さ過ぎてまだ知名度が無いんだ。アメリカやイギリスに詳しくてもイタリアの知名度低そうだし。250GTベルリナッタはTDFではなく、速いが操縦の難しいSWBらしい。

モータージャーナリストでもある、ジョセ・ロジンスキーが持ち込んだアストンマーチンBD4ザガードの方が日本人の本命だった。なにしろフェラーリは知らない。ロータスは平べったくて1600ccしかない。カレラ2はポルシェにしか見えない。でも、アストンマーチンは英国のレースの名門だもの(ロータスは新興:007映画にDB5が出演するのは1964年で日本公開は1965年)しかも、ノーマルより速そうな流線型のザガードボディーだ。一応、ツール・ド・フランスレースにアルファロメオやジャガーで出ており、1961年のタルガ・フローリオではクラス優勝してる。

イギリス国籍でフランスに住んでいるというフランシス・フランシスはジャガーDタイプを持ち込んだ。Eタイプより番号が若いから古い?その通りだ。しかし、Cタイプ、Dタイプというのはレーシングカーだ。Dタイプの公道モデルを市販しようとしたが、何台か作ったあと工場が火災に遭い、改めて公道用専用に同じエンジンで作ったのがEタイプだ。だからサーキットではDタイプは強いぞ。

香港在住イギリス人、ドン・ベネット56歳も自分で組み上げたキットカーのロータス・スーパー7で出場しようとしたが、ベアリングのトラブルで出走できなかった。スーパー7だから、フォードOHV95馬力だろう。

他に判っているのは、ジャガーEタイプでバクスター、ポルシェでH・リーとセヴェニー、トライアンフTR-4でベイトマン、ロータス11でロバート・リーだ。何者かは知らない。H・リーのポルシェはスーパー90なので、356Bの1.6リッターの90馬力。セヴェニーのクーペS75というのは、ポルシェ356研究本を読んでみたけど出てこないぞ。レーシングバージョンでも。ロータス23は一昨年から投入されていたが、ロータス11はレーシングカーの名車とは言え1956年~1958年に作られたものだぞ。

国際スポーツカー A  5月3日  11台 20周

 

1

ロータス23

ピーター・ウォー

 

 

2

ロータス23

マイケル・ナイト

 

 

3

ロータス23

アーサー・オーウェン

 

 

4

フェラーリ250GTベルリネッタ

ピエール・デュメイ

 

 

5

アストンマーチンDB4

ジョゼ・ロジンスキー

 

 

6

カレラ2

フシュケ・フォン・ハンシュタイン

 

7

ジャガーE

R・M・バクスター

 

 

8

ポルシェ クーペS75

P・セヴェニー

 

 

9

ポルシェ・スーパー90

H・リー

 

 

 

10

TR4

A・ベイトマン

 

 

11

ジャガーDタイプ

フランシス・フランシス

 

 

 

ロータススーバーセブン

A・ドン・ベネット

出走せず

予選10位

 

ロータス11

ロバート・リー

出走せず

予選13位

もちろん観客はあっけに取られた。下馬評では、アストン・マーチンか、たまに見かける、いかにも速そうなジャガーEタイプが早いと思っていたらしい。アストン・マーチン3.7リッターDOHC、ジャガーEタイプ3.8リッターDOHCに対し、フェラーリ250は3リッターのSOHCだ。そのかわり、エンジンフードの下に12本のシリンダーが潜んでいることは、パッカードを知る世代でなくとも、ほとんど知らなかったようだ。まだ、このころのベルリネッタフェラーリのカタチはスーパーカーしておらず、ノーマルのアストンマーチンと同じ雰囲気。そして走り出したら、平べったくて小さい、1.6リッターしかない不思議なクルマが恐ろしく速い。当然、これが、スポーツカーとレーシングカーの差だ。最初はポルシェのハンシュタインも2番手に着いていた。だんだん下がっていくが、その小さいコーナー(ヘアピン等)の走りは観客を熱狂させた。最初から最後まで逆ハンドル、今で言うドリフトだ。リアエンジンだからテールヘビーで素性はオーバーステア。それを安定して走るようにアンダーステア強めに作られたポルシェでコーナーを曲がるにはこうするんだ!みたいな強引なドリフト。国内スポーツカーに出場した2台のポルシェも、セヴェニーもリーもそんな走りはしていない。不気味に速いロータスはロールもしないし、滑りもしないで駆け抜けていく姿も日本人初体験だが、これほどダイナミックは走りも日本人初体験だろう。凄いぞ重役58歳ハッスル。ピーター・ウォーは飛びぬけて速く、スタート直後から2位と差が50mくらいあったそうだ。


スタート直後
ロジンスキーのDB4ザガード
アストンDB4vsフェラーリ250GT
トップを走るP・ウォアロータス23

 

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